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本田宗一郎青春伝

16歳 上京
22歳 独立
25歳 時には夜な夜な豪遊。酔って芸者を窓から放り出す。新聞沙汰も。


昨日に続いて本日は「本田宗一郎・青春伝」のご紹介です。

上記は世界一の自動車を作る事を夢見た本田宗一郎さんの上京から独立して第一の成功を収めるまでの年表(?)を書いて見ました。

東京に出て、毎日好きな自動車を触れるようにと、単身「アート商会」に丁稚奉公に行きますが、現実は自動車に触れるどころか、毎日雑用と子守のみ。

目の前には大好きな自動車が山ほどあり、生き地獄、生殺し。

父の口癖が

時間を大切にしろ

 時間と言うものは神様が唯一人間に下さった平等なもの。

 その、「時間」を大切に使う人間が本当に伸びる人間だ」

無駄に過ぎていく時間に苛立ち、何度も逃げ出そうかと思われ、後に当時の事を振り返って、生涯一番の苦難の時期であったと述べられたそうです。

しかし、こうも付け加えられています。

「あの時代があったからこそ、今日の本田宗一郎があるのだ」と。

翌年、ようやく雑用から開放され、修理工としてスタートを切る事が出来ますが、そこへあの「関東大震災」。アート商会も全焼。再建のめどもなく、16人いた工員も、宗一郎を含めわずか3人。

しかし、宗一郎は、持ち前のガッツと時間を大切に思う気持ちでどんな最悪の状態でもあきらめず、アート商会復活に尽力。22歳で暖簾分けの独立

・・・となるわけですが、昭和19年に再び大規模地震によって工場が壊滅。翌20年に第二次世界大戦も終戦となるのですが、この後の展開が並みの人間ではないと感じさせます。

敗戦下のこの状況で、工場も無い。そこへ技術力をかわれトヨタの傘下入りをほのめかされますが、逆に持ち株全部売却してしまいます。

そして、何をするかというと・・・



1年間遊んで暮らす!!




・・・え?!とうとうさすがの本田宗一郎さんも、ついにやけを起こしたのかと思いましたが、そこはさすが、ちゃんと理由があります。その理由とは


「いきなり民主主義だの、GHQだの、日本って国がどこへ行こうとしているのか読みきれん。こんな時代にへたに誰かについたり、新しい事を始めたりするのは不利。

だから、世の中が見えてくるまで、民主主義がつかめるまで遊ぶ事にした。」


・・・そして、翌昭和21年、本田宗一郎40歳の歳に本田技術研究所が設立されます。


時間の有効活用と言おうか、時代を見る目というのか、「貧すれば鈍する」一度冷静になって客観的に物事の本質を見極めようとするこの発想は、是非見習いたいものです。




本田宗一郎・青春伝
本田宗一郎・青春伝
鈴木 康雄, 志水 三喜郎



松下幸之助青春伝―劇画
松下幸之助青春伝―劇画
針木 康雄, なかまる 修一





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